まちゃつの徒然日記

まちゃつのブログです。はてなダイアリーから引っ越してきました。

2009-02-01から1ヶ月間の記事一覧

国鉄バス、右側通行

片側一車線の国道は、襟裳岬まで数珠繋ぎ。まだ、15km程ある。この渋滞では予定通りの時刻に襟裳岬に着けそうにない。岬での見物に1時間とってあるので、バスが少々遅れても見物時間を短縮すれば、広尾行きのバスに乗り継げるはずなのだが、ノロノロ運…

恩師、Pehda先生(18)

“There's a bee hovering over a flower.”「ミツバチが花の上でホバリング(空中静止)しているよ」とおっしゃった。ペーダ先生が差し出した写真をのぞくと、花弁のちょいと上にミツバチが写っている。「『空中の一点に止まる』」の意“hover”にはoverやabove…

恩師、Pehda先生(17)

子どもの頃、適当に1つのものを選択する場合、唱える文句があった。「どれにしようかな。裏の天神様に聞いてみよう。プッとこいて、プッとこいて、プッ、プッ、プッ」というもので、遊びの中で仲間を1人選ばねばならない時とか、もらえるアメちゃんを1つ…

デクラブ(decrab)

横風の中、航空機が着陸する。パイロットは、風上にちょっと機首を向けて空港に向かう。左側からの風なら、左斜め前方に機首をふって飛行しながら降下を続ける。右に流されて滑走路を外れないためだ。蟹の横歩き状態で近づくため、業界用語ではクラブ(crab…

越前大野、一期一会

「ロックフィルダム」って聞いたことある? ダムなんてみんなコンクリート製だなんて思ってないかなぁ。なんと、粘土と砂礫と岩石とでダムが造れる! 簡単に言うと、ダムのコア(水を遮る本体)が粘土。その上に砂礫と岩石がまぶしてある。もちろん何層にも…

恩師、Pehda先生(16)

先生が嫌っていたことを思い出した。雑誌社の対談にペーダ先生が出た時のこと。相手は、俳優で歌手の鶴田浩二。左耳に左手を当てて歌う姿が記憶に残る。いつ頃のことなのか、月刊誌なのか週刊誌なのか、質問しなかったので不明。(まちゃつ、ちゃんと聞いと…

恩師、Pehda先生(15)

“clean-cut”(すっきりとして整った髪形)ペーダ先生の好きな言葉の一つである。頭髪は常に極端に短かった。始終散髪するためか、長くのばした髪形を拝見したことは一度もない。軍隊生活を経験したためか? 「日本の理髪店は素晴らしい」とよくおっしゃって…

ジェイムズ・W・フルブライト

「もう少しの知識、理解、思いやりを世界情勢にもたらし、国々が平和に友好的に共存できる確率を高めること」がフルブライト交流計画の目的である。発案者は、ドイツ系移民を祖先に持つJames William Fulbright米国上院議員。第二次大戦終結の翌年、1946…

誓願寺

江戸前期、俳諧に口語と滑稽味を加え、一昼夜に2万3500句を詠み新記録を打ち立てた貞門派の大物、平山藤五。後に小説家に転じ、『世間胸算用』『好色一代男』等を著す。(1642〜1693)島原の乱が終わり、鎖国が完成した頃生まれたんやなぁ。五…

恩師、Pehda先生(14)

ペーダ先生の掟の内、「錨を捨てよ」は守れなかったが、「気取るな」「ねたむな」「欲張るな」「ケチケチするな」「時間厳守」を守り続けている。ペーダ先生と接するとき、まちゃつが、上記以外に気をつけていたのは、「姿勢良く、髪は常に短く、先生の右目…

恩師、Pehda先生(13)

「彼の目は青い」を英語にすると、いとも簡単。“His eyes are blue.”中1レベルだ。“He has blue eyes.”も正解だろう。ペーダ先生は、“He is ( ).”で同意文を作れとおっしゃる。( )には1語しか入れられない。今なら簡単に思えるが、その当時は難問だった…

10mの波

もの凄い風の音で目が覚めた。まだ正月2日の午前5時。元日は伯備線の特急『やくも』に岡山から乗車。出雲駅前のこの旅館に宿泊したのだった。部屋は広い。「ここって新婚さん用の部屋じゃないの?」と一緒に旅しているKB大生のT山が言ったくらいだ。 ずい…

アメリカの良心

世界恐慌のさなか,偏見と差別の嵐が吹き荒れるアメリカ南部が舞台。黒人農場労働者のトムが、無実の婦女暴行罪で起訴される。弁護人に指名されたのは、Gregory Peck(グレゴリー・ペック)演ずるアティカス・フィンチ弁護士。妻を亡くしている彼は、家政婦を…

恩師、Pehda先生(12)

お巡りさん嫌いの先生。犯罪とは無縁に思える風致地区に住んではいても、大きな体はよく目立つ。白人ならなおさらだ。K西学院、KB女学院、O阪大学などでの講義に間に合うように急いでいる時に限って、警察官に呼び止められる。決して英語では話しかけてこな…

恩師、Pehda先生(11)

ペーダ先生が、銭湯に出かけたときのこと。脱衣所、湯船、洗い場、どこにいても「外人!」「外人!」まるで浜辺に打ち寄せるさざ波のように、ささやき声が背後から押し寄せてくる。先生のことばを借りれば‘I was surrounded by ripples of whisper “gaijin!”“…

弘川寺

まちゃつは墓マイラー(墓巡りをする人を表す造語)でもある。今日は、駐車場代のかからない短い旅をご紹介しよう。西行法師の眠る河南町弘川寺へのドライブである。外環(国道170号)を南下する。目的地はワールド牧場の東に位置するので、途中まではそ…

高尚な落書き

38年前、大学内の落書きだ。日本語に訳せとある。“I think that that that that that writer used is wrong.”驚いた。thatが5つもある。最初のthatは、接続詞(〜ということ)だとすぐに分かる。最後のthat は形容詞(あの〜)。4つ目は、関係代名詞目的…

恩師、Pehda先生(10)

大学卒業後も、先生には手紙を書くことがあった。不明な点があると質問をするのだが、丁寧な返信がきた。ペーダ先生がPhiladelphia Lawyer(まちゃつ)を覚えてくださっていることはうれしかった。ところが、90年代に入ってから連絡が取れなくなる。引っ越…

恩師、Pehda先生(9)

「日本人は、すぐに酔っぱらうね」 先生はSトリーよりもNッカの愛飲者であり、「同じ値段ならSよりNの方が品質が上」とおっしゃっていたアルヨ。なんか、磁石の話みたいだけれど、会社の規模が月とすっぽんだから、Nッカの社長が聞いたら、大喜びしそうだ。…

ジム・ラヴェル

夜間離発着訓練のため、航空母艦から次々に戦闘機が離陸していく。朝鮮戦争中の日本海。戦闘訓練だから、母艦は風上に向かって全速力で航行、照明は施されない。ビーコン(母艦から出す無線標識)を頼りに計器飛行で着艦を試みる訓練だ。全機が舞い上がるの…

エドワード・マロー

米ソ冷戦下の米国で、共産主義やその同調者が徹底的に弾圧された時代がある。マッカーシー上院議員主導による「赤狩り」である。はっきり共産主義と決別しない者も同調者と見られ、自由を大切にするはずのアメリカから追放された著名人も少なくない。喜劇王…

恩師、Pehda先生(8)

ペーダ先生お気に入りの日本人女優を紹介しよう。岩下志麻、加賀まりこの2人である。“Iwashita Shima is beautiful.”“Kaga Mariko is wonderful.”が口癖で、前者は日本人らしい美しさの極致にあり、後者は演技派だとのこと。ドラマ「花より男子」に道明寺の…

恩師、Pehda先生(7)

いつもニコニコ顔のペーダ先生から「古河電工サッカー部員が自宅に来るから、一緒に来ない?」と誘われたことがある。先生は、具体的に選手名を挙げておっしゃった。行きたい気持ちはあったが、行けなかった。先生は、どうして来られないのかという表情で残…

天下の絶景

雄大な景色を目の当たりにすれば、少々の悩みは吹っ飛ぶというもの。九州をドライブする機会があれば是非訪れたい場所をご紹介しよう。阿蘇外輪山の北端に位置する「大観峰」がそれである。 九州自動車道、植木インターから国道3号を菊池方面へ。2km弱進…

紀貫之

「いよいよ春ですよーっ」と叫びたくなるような上天気。千年以上前の平安時代にも、今日みたいな穏やかな日があっただろうと想像される和歌。袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ<紀貫之> (暑い夏の日に、袖がぬれるようにして手にす…

恩師、Pehda先生(6)

“You are Miai-type.”先生に授業前の雑談で言われた。まちゃつは、「お見合い」をして結婚するタイプだというのだ。K女子大の知り合いに頼み込んで、親友のT山とY田を誘い京都の周山街道への合同ハイキングを企画し実行しているまちゃつの姿など先生が知るは…

恩師、Pehda先生(5)

38年前、受講開始10回目、6/21のノートを見る。乱雑な鉛筆書きの授業メモの中に、ペーダ先生がボストンに滞在する7/25〜8/25の住所が記してある。夏休み中「親爺」宛に手紙を書くように言われ、間違えないように青インクでここだけ丁寧に書かれ…

部屋着?

冬期には「綿入れ」を愛用している。スーパーマーケットでは「はんてん」と呼ぶ、ちゃんちゃんこに袖のついたやつだ。自分では外出着だという概念で捉えている。だから、祖母の作った世界に一つしかない「綿入れ」を着て車を転がし、スーパーマーケットにも…