初めて刺身を口にしたのは昭和32年の冬、熊本県O村でのこと。世間は不景気だったが、O村はみかん景気に沸いていた。自宅となっている駐在所から南へ300m程歩くと、バス停のある村の中心部。狭い道路の南東側に面した2階の大広間には男性ばかり20数名が集まっている。村の主だったメンバーによる忘年会か。各自の前には膳が用意されているが、現代から見れば質素そのもの。卵の黄身につけて食すイカの刺身が目立つくらいである。分けて貰ったが幼稚園児にとってもなかなか旨い。酒は日本酒か焼酎か、5歳の身には不明。親父の組んだ胡座の中にいるまちゃつに見知らぬ大人が声を掛けに来るが、退屈でたまらなかった。酔った男性たちが何度も歌ったのが三波春夫の「チャンチキおけさ」。
♪月がわびしい路地裏の
屋台の酒のほろ苦さ
知らぬ同士が小皿叩いて
チャンチキおけさ
おけさ切なや
やるせなや
実際に小皿を叩いて歌っている。酒の肴が足りないか、と言ったのは村長だったか。若い衆が買いにやらされた。退屈だったまちゃつもついていく。3,4軒東の魚屋に着く。大型の冷蔵庫から取り出されたのは直方体の鯨の赤身。半分凍っている赤身を刺身包丁で切っていく作業は、見ていて飽きなかった。宴席に戻り、赤身の溶けかけを生姜醤油で食べた味は忘れられない。
それでは、本日のシャッフルクイズ。
『信金の矢、拾うか(シンキンノヤヒロウカ)』
今度会ったら、答えを言ってね。
ヒント:新嘗祭(ニイナメサイ)。