まちゃつの徒然日記

まちゃつのブログです。はてなダイアリーから引っ越してきました。

市営バス

昭和30年代、熊本県A市民の交通手段は市営バスと市電であった。市電は子どもの目にはたいそう立派に見えたが、車両は2両のみ。営業キロ数も5キロちょいしかない。それに比べれば市営バスは行き先も多岐にわたり充実していた。長距離の場合は、国鉄鹿児島本線かS交バスを利用する。近距離なら市バスが大人10円、S交バスは20円だったか。祖父HHは司法書士。持病を抱えていたため、しょっちゅう医師に往診を頼んでいた。往診出来ない日にはハイヤーで通院。市バスにはめったに乗車しない。その祖父が、バス停以外で市営バスを停車させて乗車するのを実演して見せてくれた。季節は冬。買い物か、映画にでも行くつもりか、目的は不明。生家から東へ100m歩けば南北に走るバス通り。当時は産業道路と呼ばれている。バス停はそこから南へ200mなのだが、祖父は歩こうともせず道端に立ったままである。バス停を発車したバスが接近すると、祖父はおもむろにステッキを挙げる。信じがたいことであるが、確かにバスは目の前で止まり祖父を乗せると発車していった。山道でのことではない。人口数万人の市で他にそのようなことをする人は見かけなかった。まちゃつが幼稚園に通っている頃だから、昭和32年頃。バスの運ちゃんは、普段は見かけない祖父の服装に気圧されたか。スーツにソフト帽姿でも目立つ当時に、革のマスク、革のコート、マフラーにマントまで着用している。子ども心にも革のマスクはちょっと怖い。別人に見えた。他人なら尚更の事か。


それでは、本日のシャッフルクイズ。


『讃岐や(サヌキヤ)』


今度会ったら、答えを言ってね。
ヒント:お浸し旨い。