まちゃつの徒然日記

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斉藤茂吉記念館

歌人精神科医でもある斎藤茂吉は、1882(明治15)年5月14日、山形県上山市金瓶に守谷伝右衛門の三男として生まれる。幼い頃から優秀だったが、守谷家には茂吉を進学させる経済的な余裕がない。1896年茂吉14歳の時、浅草で開業していた同郷の斉藤紀一の養子となるため開成中に編入。宝泉寺住職の仲介によるものであった。一高を経て、1910年東大医科卒。1914年31歳の時、紀一の次女斉藤輝子と結婚。長崎医専教授としてドイツ等に留学。青山脳病院院長。作歌1万7千余首。代表歌集は『赤光』である。文化勲章受章。1953(昭和28)年2月25日に亡くなった。長男は精神科医の斉藤茂太。次男は作家の北杜夫。『赤光』から有名な3首を引く。

みちのくの母のいのちを一目見ん一目見んとぞただにいそげる
死に近き母に添い寝のしんしんと遠田のかはず天に聞ゆる
のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳根の母は死にたまふなり

記念館は、林に囲まれた静かな岡の上にある。JR奥羽本線茂吉記念館前駅下車、徒歩3分。まちゃつが出かけた17年前、訪れる人はほとんどいなかった。それで茂吉の値打ちが下がる訳ではないが、ちょっと寂しい。


それでは、本日のシャッフルクイズ。


『滅相な咳き(メッソウナセキ)』


今度会ったら、答えを言ってね。
ヒント:文豪。