昭和36(1961)年早々、妻リタが64歳で逝去。肝硬変だったという。期するところがあったのだろう。新たな高品質ウィスキー造りに没頭すべく、息子の威(たけし)と共に研究室に入り浸りの日々が続く。努力が実を結び、発売にこぎ着けたのが初代スーパーニッカ。昭和37年当時で1本3千円。今なら、1本4万円くらいの感じか。国家公務員の高卒初任給が1万1千円、大卒初任給が1万5千円の時代である。高値での出荷となったのは、ボトルにも最高品質を求めたことも影響。「ウィスキーを世に出すまでには長い時間がかかる。嫁に出すのと一緒なのだから、立派な衣装を着させてやりたい」容器にも格別のこだわりを持っていたのが、竹鶴政孝である。
それでは、本日のシャッフルクイズ。
『姉貸した(アネカシタ)』
今度会ったら、答えを言ってね。
ヒント:手品の仕掛けを説明する。