まちゃつの徒然日記

まちゃつのブログです。はてなダイアリーから引っ越してきました。

バイオテクノロジーの父

ペーダ先生がシャロン(ボストン近郊)で1歳の誕生日をお迎えになって間もない頃(1922年7/22)、米国人女性と結婚した最初の日本人、高峰譲吉博士がニューヨークで亡くなった。享年67歳。慢性肝炎を患って入院中だったという。引き金は肝硬変か、との思いは外れ。新聞報道では、心臓疾患が原因。翌日のニューヨークタイムズは「著名な化学者、高峰譲吉死去」と題する社説、ニューヨークヘラルドは「米国は得難き友人を失い、世界は最高の化学者を失った」と題する記事をそれぞれ掲載。「バイオテクノロジーの父」に哀悼の意を表したという。リバーサイドドライブ(セントラルパークの西側でハドソン川沿い)に5階建ての邸宅を新築、メリエワルド(マンハッタンから北東へ車で2時間の地)には別邸(松楓殿:セントルイス万博での日本館メインパビリオンを譲り受け、移築したもの)を構えていた譲吉は、米国に於いても著名な学者で富豪。晩年は、米国に帰化している。メディアが訃報を大きく扱ったのは、偉大な「米国人」であったことと無縁ではない。


   定見の無さを露呈しただ連呼
   雑魚に下るか厳しい審判


それでは、本日のシャッフルクイズ。


『季節季題、自由(キセツキダイジユウ)』


今度会ったら、答えを言ってね。
ヒント:土器を知らない。